東京工業大学 21世紀COEプログラム 世界の持続的発展を支える革新的原子力
  原子力とは 原子力の必要性 原子力の問題点COE-INES ロードマップとは

5.そのためのロードマップとはどのようなものか?

原子力と社会

 「原子力と社会」に関する研究グループでは、原子力技術と社会の共進化が進み、その結果として世界の持続的発展を支える革新的原子力技術が将来的に確立し、社会に定着するための方策を模索する試みを行いました。具体的には、原子力におけるSR(社会的責任)の検討、地域市民フォーラム、市民アンケート調査、大洗フィールド調査、化学コンビナートにおける原子力利用の検討、放射性廃棄物処分地受け入れに関するケーススタディなどです。3章で述べたように、原子力と社会の共進化を実現するに至る段階として、「信頼の回復」、「価値観の共有」、「共進化の試み」があると想定し、上記に示した具体的な活動を計画ました。SRと地域市民フォーラムは「信頼の回復」と「価値観の共有」を目指した活動です。市民アンケート調査も同様に「信頼の回復」と「価値観の共有」のための活動です。また、大洗フィールド調査は「価値観の共有」と地域社会との「共進化」を目指しており、化学コンビナートにおける原子力利用の検討は一般企業との「共進化」を意識した活動です。活動を通して、これらの試みを継続し、内容を深化させていくことが原子力と社会の共進化を実現する上で大いに役立つことを確認しました。

 生物の進化を考えると、進化には最終的な目標地点があるわけではなく、永遠に終わることのない営みと考えることができます。そういう視点に立てば、原子力と社会の共進化の努力も、最終地点が定義できるわけではなく、永久に続けなければならない命題でしょう。東京工業大学の原子炉工学研究所としても、原子力に携わる一員として共進化に関する終わりのない努力を重ねる覚悟です。現時点では、上記に示した活動が共進化に向けて有効でしたが、共進化の進展と共に活動内容も柔軟に変化させていきたいと考えています 。

 

原子力におけるSRの推進

 CSR ( Corporate Social Responsibility: 企業の社会的責任)への関心が急速に高まっています。原子力に関わる組織は、安全文化を構築し、その社会的受容性を高めながら、経済・環境・社会に積極的に貢献することが社会的責任として求められていると考えています。私たち自身についても、その最終目的は、「東京工業大学原子炉工学研究所の価値の向上」にあります。それは社会に対する説明責任を果たし社会からの高い評価を得ることで、教職員が夢と誇りをもって働ける活力ある組織を実現することです。現在、原子力の研究教育におけるSRの理念を明確にし、それに基づく行動憲章を策定した段階ですが、今後は理念、行動憲章を原子炉工学研究所として制定し、さらに所員がSRに基づいて行動するための仕組み作りに取り組む決意です 。

 

地域市民フォーラムと市民アンケート調査

 地域市民フォーラムは、東京工業大学の大岡山キャンパスの周囲に在住する地域市民を含むSRの観点によるステークホルダーと本学の博士課程学生が原子力の諸課題について対話することにより、相互の信頼を構築し、問題点に対する発見的な解決を目指した社会実験活動です。学生はフォーラムを通して科学技術と社会の共進化の重要性を実感しました。科学技術に携わる人間のコミュニケーション能力を強化することも共進化のための必要条件と考えています。今後とも共進化プロセス構築の研究を続けるとともに、サイエンスカフェなどに形を変えるかもしれませんが、学生がコミュニケーション能力を養えるプログラムを続けるべきだと考えています 。

 市民アンケート調査は、平成 18 年度に 3 種類の調査を実施しました。一つ目は、社会と原子力の関係に関する社会調査として、首都圏に居住する方々 2500 名に対するアンケートです。二つ目は、次の項目で紹介する大洗フィールドワークの中で実施した 大洗町 民や観光客の方々に対する調査です。三つ目は、東京工業大学学園祭で実施した「工大祭公開トークセミナー −エネルギー・環境問題に原子力は?−」参加者 23 名に、セミナー前・後にアンケートを行いました。これらの意識調査から、原子力開発の要請や指向が見えてきたとき、原子力と社会は共進化への第一歩を踏み出したものと考えています。今後とも機会がある度にアンケート調査も実施したいと考えています 。

 

大洗フィールド調査

 「原子力による 大洗町 の振興を」が、 茨城県大洗町 の小谷町長の意向です。東工大は 大洗町 に研修施設を持つなど深い関係を持っています。そこで、小谷町長の意向を受けた形で、町の振興に役立つ原子力を検討することにしました。その前提となる、 大洗町 のエネルギー消費の実態や原子力に対する町民の意識、さらには年間400万人といわれる観光客の原子力に対する意識などを知るための調査活動を行いました。具体的には 大洗町 の主要産業を訪問調査し、エネルギー消費の実態調査、観光客に対する対面式のアンケート調査などです。この調査には学生が実際に 大洗町 民や観光客にインタビューを行いました。学生達はこのフィールドワークを通じて市民との対話の重要性を認識することができました。現状では原子力による 大洗町 の振興策について具体的な形は見えていませんが、さらに深化させた調査を行うことによって具体的な提案を行い、共進化の具体的な例を形成したいと考えています。

 

化学コンビナートにおける原子力利用の検討

  あるコンビナート(匿名が条件)の協力を得て、当該コンビナートで原子力を使うとすれば、どんな原子力技術が求められるかを検討しました。さらに、その要求に対し現在提案されている革新的原子力技術や、既存の原子炉などが答えられるのかなどについて委員会形式で検討しました。協力いただいたのは、電気化学工業から始まったコンビナートであり、大規模な石炭火力による自家発電設備を保有しています。2年間にわたる検討の結果として、電力会社による原子力利用とは全く違った形の原子力利用の姿がおぼろげながら見えてきたように思われます。今後は、その新しい原子力技術の姿をより明確にしていきたいと考えています。さらに、化学コンビナート以外のエネルギー多消費産業についても原子力の姿を描いていくべきと考えています 。

(ロードマップ第 5 章  5.3  要旨)
(鳥井 弘之)